春から放映されていましたアニメ、シムーンの放送が終了しました。
放送前は「SF版マリみて」という噂を聞いており、一体どんな話なんだろうと別の意味で興味を持っていました。
ところが実際の放送を見てみると、百合というよりも戦記ものを背景にした少女達の物語になっていたので「全然違うやんか(苦笑」と肩すかしを食らいましたが、とんでもない方向にすかされたので逆に引き込まれることになりました(笑
それでも最初の3話ぐらいまでは、用語と世界観に慣れないので物語を消化するだけで精一杯だったような気がします。特に宗教に関する用語については今でもちょろっと間違えたりして。
同時に「うたわれるもの」も見てたので余計に混乱していたのかもしれませんがw
それはともかく、最終回。
戦争そのものは世界の流れなので、一部の少女だけで止められるわけもなく淡々と進められているのに変わりはないようです。そして普通の少女たちはその流れから逃れるすべもなく、(一部男性になってますが)やはりまた戦争の渦に巻き込まれていくことになりそうです。
この世界から逃れたドミヌーラとリモネですが、ある意味戦争の全ての元凶になってしまったのでやはり戦争との関わりを避けられたとは言いづらいかもしれません。
そんな中で唯一可能性を残せたのがアーエルとネヴィリルのパルなんでしょう。
彼女たちの行き着く先は物語の中では言及されていません。
ドミ・リモの居る世界を一瞬かすめていきますが、そこが行き着く場所では無かったようです。
かすめたのかどうかすらも分かりませんし、リモネが感じた虫の知らせに過ぎないかもしれません。
時間と空間すら超越できる力を発揮してしまったアーエルとネヴィリルはもしかすると永遠の旅人になってしまったのでしょうか。
「終わりが無いのが終わり」…と、これでは(ジョジョの奇妙な冒険)ジョルノ・ジョヴァーナのスタンド”ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム”の必殺技みたいになってしまいますが、永遠に死の場面を繰り返すボスと別の意味で同じ状態になってしまっている、と考えるのはやや無理がありますか(笑
「世界は一つじゃない、もしもという世界」これはディーン&西田さんのコンビで製作されたヤミと帽子と本の旅人のオープニングソングの一部ですが、もしも、もしもあの図書館が存在しているとしたら…(考えすぎです)
ラストのアーエルとネヴィリルのダンスは永遠を踊り続ける心理的な描写であるように感じられました。
人の数だけ感じ方も違うのでしょうが、それだけ楽しみ方の幅がある深い作品になったのは間違い有りません。
スタッフの皆様、素晴らしい作品で楽しませてもらいました。ありがとうございます。


